ガンダムのスケールについて補足
美袋ミニカー博物館の本館で「ミニカーのスケールについての考察」ってのあり、ミニカーやプラモデルのスケールについてまとめているのですが、チラッとだけガンダムの話が出てきます…
ここで、ガンダムのスケールについてのネタが入ったので補足します。
もともと、ガンダム放映時は某玩具メーカーがスポンサーになっていたのですが、その出来が…。それまでのロケットパンチ付超合金の流れの商品、さらに本家ポピーの物と比べれば小学生くらいならもう眉をひそめるような物でした…とうぜん売れませんでした…。ちなみに、ガンダムはもともとの放映回数はもっと長い予定だったのですが、おもちゃの売れない番組はスポンサーが許さずあの回数になったはずです(しかし、おもちゃが売れないのは番組のせいではないのは歴史が語っております)
まぁ、結局、そのメーカーはその後すぐ無くなっちゃったんですけどね…そこで、それに前後してバンダイが版権を取得します。バンダイは当時、新鉄人28号やライディーンあたりをノンスケールで300円(だったと思う)でのシリーズを販売していて、ガンダムもそのシリーズの1商品って位置付けでした。という訳で、はじめは単なる商品価値だけで大きさを決めたんです。
300円で商売できる大きさで商品の企画・試作を進めているうちに、バンダイ社内で「ガンダムは戦争ってテーマがあて、戦争の兵器としてモビルスーツが受けたんだから、戦闘機や戦車のようにスケールをきちんとした方が売れるのでは???」って声が上がります。そこで、試作品の寸法を割り出してみると…たまたま、ほぼ1/144でした。144といえば戦闘機のプラモデ使われているスケールです。そこで、商品をさらに144に近づける小変更をして販売したのがヒットの一因となりました。
ガンダムとザクが爆発的に売れ、ガンダム物はそれまでのロボット物から独立した商品ラインとなったんです。
当時のガンダムプラモ(その頃はまだガンプラって愛称もなかった)は凄かったですよ…。何人かの子供が不幸にも亡くなってしまうような事故も何件かありましたから…。その事故の多くは、ガンプラ発売日に行列が出来て開店と同時に子供たちが売り場に殺到し前の子供が転んで後ろの人に踏まれて…、また、ガンプラは直ぐに改造することが流行り、それまでプラモデルに親しんでいなかった子供がいきなりシンナーを使い、プラスチックを加工するために火を使い…シンナーのそばでロウソクを使って引火が原因の火事も数件起きていました。
また、店によってはガンダムは売れない商品とのセット販売以外売らないという悪徳販売も横行するなどの問題がいろいろと起きていたんです。今のバンダイがあるのはガンダム様様って感じでしょうか…今やロボット物のほとんどはバンダイの天下になっていますよね。ちなみに、バンダイのプラモといえばそれまでは車や飛行機もやっていたんですけど…最近はどうなったんでしょう??
当時の私といえば、ガンプラを買って作っては、買ったお店に持っていって展示してもらって換わりのプラモをもらってくる等という事をちょくちょくやっておりました(おぉ、今明かされる過去…(^^;)。
まぁ小遣い無かったし、作っても飾るスペースが限られていたから…今、ガンダムの改造の基本はマーキングとウェザリングですよね。私も1/100のガンダムの最初のバージョンに、戦闘機などのあまりデカール等を使ってマーキングしたのですが、店頭に並べられていたときにはマーキングが全て無くなっていた…お店の人に聞くと「だって、アニメのガンダムにはあんなの貼ってないよ〜」だって…時代ですな〜
ちなみに1/100のガンダムの最初のバージョンは脇腹がコアファイター剥き出しだったんですよ!!。そこで、脇腹をプラバンで作成し、そのままだとちゃちなコアファイターを半スクラッチで作り直したり…今は出来ないな〜